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麺の加工は、紀元前5,000年ごろ中国に発祥したといわれ、日本には奈良時代に渡来したものとされている。
日本は古くから瑞穂の国といわれ、米を主食とする民族であったが、本県のような山国では水田も少なく、米食は特別の日以外には食べることがなかった。そのため、米に代わる食べ物として、もっとも重要なのが麺類であった。
現在、山梨の代表的な郷土食として知られる「ほうとう」が、このような風土の中から産まれたものである。
「ほうとう」を中心とした麺類は古くから、県民の食生活に馴染んでいたものであったが、昭和の初期まではほとんど自家製で、工業的に生産されたのは、昭和の中期からと言われている。
太平洋戦争後の昭和26年にようやく組合の設立となり、その数も19組合、参加業者208名となったが、昭和27年度の統制撤廃で生産が急増し、業者間の廉売競争が始まり、業界総崩れの危機に直面したため、組合の統合を図り、昭和32年11月「山梨県製麺連合組合」が発足した。その後高度経済成長時代に、企業の大型化を目指した企業合同、小規模企業の転廃業により組合員が当初の50%に減少した。
これまで自主的な組織であった組合を、昭和57年8月に「中小企業等協同組合法および中小企業団体の組織に関する法律」による協同組合を組合員93名をもって設立し、現在、45名の組合員により、組合が運営されている。
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